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母の味

ティーカップ 掌編小説

私の母はすでに他界している。

生活費の削減のために自炊を始めたのだったが、どうもうまく味が整わない。

あの味、私の好きな恋しい味、私を虜にした母の味を再現したい。

外食をしたときでさえあの優しい味は出てこない。

外食は外食で別の良さを醸し出している。

でも違う。

私の求めている味はそれではない。

産後から育ち、長らく味わってきた味。

外食にないのなら自分で作って仕舞えばいいというのは刹那名案だと思ったが、実際はそうではなかった。

久しぶりにあの味を堪能したいなぁ。

はぁと深い溜息をつくと、なんとなく窓から差し込む夕日を眺めていた。

独身の私は女1人で広大な部屋を独占していた。

狭い部屋の方が良かっただろうか。

昔は広い部屋に憧れていたが、その願望を叶えた今はその逆を欲している。

帰りたいとさえ思っている。

自立する前は広大な夢を掲げ自分の好きなことができるいわば、自由空間を手に入れて毎日を有意義に過ごすなんて言い張っていたが、現在といえば過去に囚われている気がしてならない。

なぜ過去がこんなにも愛しいのか。

独り身だから家庭を築いていないから、より一層思うのだろうか。

きっとそうだ、孤独だからそう思っているに違いない。

なんとなくスマホのスリープモードを解除し、トークアプリを開く。

そういえば社会人になってから旧友との連絡の一切が途絶えたな。

アプリを起動したのも久しぶりだった。

皆、私と同じように虚無感と戦いながら、毎日意味を見出しているのだろうか。

私には今、目標、指標がない。

自分は今なんのために人生を歩んでいるのか。

最近は特に分からなくなっている。

そんな自分の現状を払拭したいからか私は実家に電話を入れていた。

通話口には懐かしき父の声音が響いた。

「嗚呼、夏子か。こんな夜中に電話なんて何かあったのかい?」

電話をしたのは勿論理由はあった。

「母さんって自分の作る料理をノートにまとめていたじゃない?そのノートが今の私に必要になったから欲しいいと思って電話したんだけれど…。まだそれはあったりする?」

私の言動に失笑すると、父は実は自分が毎日使っていると伝えた。

「お父さんってそんなことするキャラだっけ?」

「そっちこそ料理に興味を持つキャラだっけ?」

疑問を疑問で返されて絶句する私だったが、数秒間開いた後に父から話を切り出した。

「トークアプリで写真撮ってレシピ送ろうかい。」

私は迷いなくうんと一言返答した。

「私、今日から過去の味に手をつけるよ。」

誰に伝えるでもなく、1人一室で私は言葉を口にした。

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