VTuber(バーチャルYouTuber)という言葉が世に出てきてから約8年。この短い期間で、VTuber業界は目覚ましい発展を遂げてきました。今やエンターテイメントの枠を超え、ビジネスや社会貢献の分野でもその存在感を増しています。2025年現在、VTuber業界はどのような状況にあり、これからどこへ向かうのでしょうか。
VTuber業界の急成長と多様化する活躍

2016年にバーチャルYouTuberのキズナアイが誕生して以来、VTuber業界は急速に成長してきました。2018年には「VTuber四天王」と呼ばれる人気VTuberたちが登場し、「バーチャルYouTuber/VTuber」がネット流行語大賞で1位を獲得するなど、その存在は広く認知されるようになりました。
市場規模の拡大と大手事務所の上場

特に2020年の新型コロナウイルス感染症の流行は、巣ごもり需要を背景にYouTubeの視聴時間を増加させ、VTuberへの注目を一層高めました。この時期を境に、市場は急成長を遂げ、国内市場規模は2025年度には1,260億円に達する見込みです。さらに世界市場も急拡大しており、2030年には5,000億円規模、2037年には約3兆円に達するという予測もあります。
この成長を牽引しているのが、国内二大大手事務所である「にじさんじ」を運営するANYCOLOR株式会社と、「ホロライブプロダクション」を運営するカバー株式会社です。両社はそれぞれ2022年と2023年に上場を果たし、VTuber業界が単なるエンターテイメントから、社会的に認知されたビジネスへと発展したことを象徴しています。Brave groupのような企業も国内外で勢力を拡大しており、業界の成長はとどまるところを知りません。
活躍の場の広がり:企業コラボから省庁起用まで
市場の成長に伴い、VTuberの活躍の場は驚くほど広がっています。かつてはYouTube上での活動が主でしたが、今や地上波ニュースで取り上げられたり、大手企業や自治体だけでなく、国の機関である省庁がVTuberを起用する事例も現れています。
具体例として、にじさんじ所属の周央サンゴさんが志摩スペイン村のバーチャルアンバサダーに就任したケースが挙げられます。彼女の配信がきっかけで実現したこのコラボイベントは、志摩スペイン村の来場者数を前年比で約1.9倍に増加させ、紹介されたチュロスは1日平均1,000本の売上を記録するなど、経済効果は絶大でした。
また、VTuberの宇推くりあさんが内閣府が実施する「宇宙開発利用大賞」のPRキャラクターに就任したことは、業界内外に大きな衝撃を与えました。これは、VTuberがエンターテイメントの枠を超え、専門的な知識を持つ存在として社会貢献の分野でも活躍できることを示しています。弁護士、コンサルタント、講師、イラストレーターなど、自身のスキルや専門性を活かして活動するVTuberが増えており、VTuber活動における「多様性」が確立されつつあります。
VTuber活動の動画が成功の鍵を握る
VTuberとして大きく成長し、成功を収めるためには、現状、動画制作が最も重要な要素であるとされています。
時代は動画へ:ショート動画の次に来るもの
VTuberのコンテンツ形式は時代とともに変化してきました。2017年末から2018年頃にかけては、キズナアイに代表される3Dアバターを用いた動画が主流でした。その後、Live2D技術の普及により、配信で活動するVTuberが増加。2021年7月にYouTubeショートのサービスが開始されると、2022年から2023年にかけてはショート動画がチャンネル成長に必須の要素となりました。
しかし、2024年から2025年にかけて、VTuber業界における大きなムーブメントとして「動画」への回帰が見られます。ショート動画は単体でバズっても収益性が低く、また配信の同時接続数に繋がりづらいという課題が認識され始めたためです。YouTubeというプラットフォームが、ライブ配信も提供しているものの、基本的には動画のプラットフォームであるという特性を考えると、この「動画」への回帰は自然な流れと言えるでしょう。YouTubeのトップ画面を開くと、ライブ配信よりも圧倒的に動画のサムネイルが多く表示されることからも、YouTubeが動画の拡散を得意としていることがわかります。
成功事例に見る「フックの強い動画」の力
動画によって大きくチャンネルを伸ばしたVTuberの事例は枚挙にいとまがありません。
四ツ谷いとさんの「底辺VTuberミーム」は、1〜2ヶ月でチャンネル登録者が1,000人弱から2.5万人〜2.6万人へと25倍にも急増しました。彼女の動画は、シンプルなサムネイルと構成で、技術的な難易度は決して高くないにもかかわらず、誰もが取り組めるフォーマットで大きな成功を収めました。
しののめこさんの「個人VTuber家を失う」動画は、一撃で約50万再生を獲得し、登録者数が1年間3,000〜4,000人で推移していたところから2.5万人へと5〜6倍に増加しました。彼女の動画も高度な編集技術を要するものではなく、誰もが制作可能なフォーマットでありながら、大きなインパクトを与えました。
敷島テトラさんは、「かつて現実に存在していた今はVRにしかない場所」や「ぼっち散歩ブログシュヴァルツロを感じる場所を巡って銀座で散歩」といった動画でそれぞれ10万再生程度を獲得しています。彼女の動画は編集のセンスが際立っており、高いクオリティでありながら月に4〜5本の動画を継続的に投稿し、さらに配信も行うという高い活動ペースを維持しています。
これらの成功事例に共通するのは、「フックの強い動画」であることです。視聴者が「それ気になる」「それ見てみたい」と思わせる要素が込められているため、サムネイルや動画自体も作りやすくなります。3Dモデルを大げさに動かしたり、凝ったトランジションを使ったりする必要はなく、コンセプトとネタが洗練されていれば、カットとテロップだけでも十分勝負できるのです。
短尺動画の可能性とリソース消費の軽減
動画が受ければ、その動画をきっかけに配信へ来てくれる可能性も高まります。動画で興味を持った視聴者は、コアファンになってくれる可能性も高く、結果として再生数や同時接続数、ひいては収益にも良い影響を与えるでしょう。
動画制作においては、凝った長尺動画である必要はありません。四ツ谷いとさんの事例のように90秒程度の短尺動画でも十分にバズを狙えます。短尺動画は制作コストも低く、仮に再生数が伸びなかったとしても、リソース消費のダメージが少ないため、次々と新しい動画を試すことができます。動画は一本一本が宝くじのようなものであり、試行回数を増やすことで大バズりする可能性が高まります。実際、アルファさんの20秒程度の動画が1800万回再生されるなど、動画の尺はバズにあまり関係がないことも示されています。
ライブ配信は、一撃で爆発的に同時接続数を伸ばすことは稀です。超練り込まれた企画配信であれば可能性はありますが、動画の拡散力には及ばず、二次拡散も狙いにくいという特徴があります。VTuberとして大きく飛躍したい、1年で10万人増やしたいと考えるのであれば、動画制作に注力することが効果的な戦略と言えるでしょう。配信時間を削ってでも、動画制作に時間と労力を費やす価値と意義は十分にあるのです。
VTuber業界の未来予測:バーチャルが一般化する社会へ

VTuber業界は、今後さらに大きな変化を遂げ、私たちの社会に深く浸透していくと考えられます。
実写利用の増加と既存YouTuber領域への侵食
今後のVTuber業界の大きなトピックの一つは、実写を使うVTuberの増加です。かつてVTuberは「バーチャル上の存在」であり、現実にはいないものとされていましたが、現在では積極的に実写を取り入れるVTuberが増えています。手元だけを映したり、首から下を映したり、さらには顔を含めて全身を出すVTuberも現れ、それでいて自身をVTuberと称するケースも珍しくありません。
実写を利用することのメリットは、できることの自由度が飛躍的に高まること、そしてクリエイティブ制作の労力が圧倒的に軽減されることです。例えばバンジージャンプのような企画をすべてバーチャルで再現しようとすれば莫大なコストがかかりますが、実写で撮影することでこれを容易に実現できます。これによりVTuberは、既存のYouTuberが活動している領域を「侵食」し始めています。例えば「万博に行ってみた」や「新作バーガーを食べてみた」といった動画は、VTuberとYouTuberが同じ市場で競合するようになっている現状を示しています。
特に最近大きく伸びているVTuberの中には、実写を利用している人の割合が高まっています。これは、従来のVTuberの常識にとらわれず、内容の自由度を求めて新しいことに挑戦しようとすると、実写を取り入れた企画に行き着くという自然な流れと言えるでしょう。顔や体を出さなくても、にじさんじのろふまおさんの「無人島に行ってみた」のような、人が画角に全く入らない企画も、リアルとバーチャルのグラデーションの世界の一部として存在しています。
バーチャルアバターの一般化:「V」を冠する多様な活動
もう一つの大きなトピックは、バーチャルなアバターを持つことの一般化です。VTuber以外にも、VTwitter、Vクリエイター、バーチャル一般人など、「V」や「バーチャル」を冠する肩書きを持つ人々が増えています。YouTubeやTwitchで配信や動画投稿はしないものの、アバターを使ってTwitter(現X)で活動する「VTwitter」はその一例です。
「V」や「バーチャル」という言葉には、「実際の体や自分の本当の顔ではないアバターを自分自身と見なす」という意味が含まれていると考えられます。これは、ネット社会で顔出しすることのリスクが広く認識された結果であると同時に、人々が自分の理想の姿で生きていきたいという欲求の現れでもあります。
現在の若年層、特にVTuberカルチャーに早くから触れて育った世代が大人になるにつれて、「自分のアバターを持って活動したい」という気持ちを持つ人が増え、このムーブメントはさらに加速するでしょう。将来的には、X(旧Twitter)のようなプラットフォームでアバターを簡単に作成し、それを自分のアイコンとして利用することが当たり前になる可能性も十分に考えられます。
収益モデルの変遷と「中の人」の才能への回帰
VTuberのマネタイズは時代に合わせて変化してきました。初期の広告収益依存から、投げ銭が主流となり、現在ではIP(知的財産)を活用したコマースでのマネタイズへと移行しています。
例えば、VTuberのIPを活用したふるさと納税サービスや、クレジットカードにアニメキャラクターのIPが活用される事例など、「推し活」文化の発展とともに、日常生活におけるIP活用は今後さらに加速すると予想されます。
VTuber業界の発展は、「肉体からの脱却」を促進すると考えられます。現在の社会では、人を評価する上で「外見」が大きな影響力を持ち、芸能界では「美しい人」「可愛い人」「かっこいい人」が重宝されがちです。しかし、VTuberはバーチャルなアバターを身にまとい活動するため、「外見」にとらわれずに活動を行うことになります。これにより、VTuber自身の魅力は「中の人」の才能に依存するようになります。VTuber業界がさらに発展すれば、「外見」は全く関係なく、「中の人」の才能で正々堂々と勝負できる時代が到来するでしょう。これは、多様な人々が活躍できる社会の実現にも繋がります。
VTuberの勝利条件:同接数か収益か?

VTuberにとっての「勝利条件」は何か、という問いは常に議論の的です。一般的には、同時接続数(同接数)が高ければ高いほど収入も高いというイメージがありますが、必ずしもそうではありません。
同接数と収益の「認識のギャップ」
YouTubeのスーパーチャット(スパチャ)額は、プレイボードのような外部ツールでチェックが可能であり、これを見ると興味深い事実が見えてきます。個人VTuber界隈では、登録者数が数万人程度で同接数が100〜500人程度のVTuberが、スパチャランキングで上位にいる傾向があります。一方で、登録者数1桁万人程度で同接数5,000人や1,000〜1,500人といったレジェンド級のVTuberが、必ずしもスパチャランキングの上位に位置しているわけではないのです。
スパチャランキングの上位に入る個人勢VTuberは、月間で100万円以上、多い場合は200〜300万円を超えるスパチャを獲得していることもあります。これは、ホロライブのような大手事務所のトップライバーと比較しても遜色ないレベルです。
エンゲージメントと収益性の関係
この「認識のギャップ」について考察すると、同接数が数千人を超えるVTuberは、個々のリスナーとの会話が薄くなりがちであり、一人ひとりのリスナーとのエンゲージメントが低くなる傾向があると考えられます。ゲームプレイが上手いなどで人気を博している場合、リスナーは「そのゲームの配信が見たい」という理由で視聴していることが多く、「このVTuberを支えなければ」という意識が湧きにくいのかもしれません。
逆に、同接数がそこまで多くないVTuberは、一人ひとりのリスナーと密に交流できるため、エンゲージメントが高くなりがちです。リスナーは「自分が支えないとこのVTuberは活動を続けられないかもしれない」という気持ちになりやすく、それがスパチャの総額に反映されている可能性があります。
つまり、闇雲に同接数だけを追い求めても、必ずしも収益に直結するわけではないということです。特定のゲームのバズなどによって一時的に同接数が急増しても、リスナーがそのVTuber自身を応援する「真のリスナー」になっていなければ、収益にはつながりにくい傾向が見られます。
VTuberの戦略:人気か収益か
VTuberにとっての「勝利条件」は人それぞれです。専業として生きていきたいのであれば、収益の確保が最優先となるでしょう。この場合、同接数を高く取るよりも、一定数のファンの内部結束力を高め、エンゲージメントを向上させる戦略が有効です。
一方で、承認欲求を満たすために認知度や同接数を高く取りたいと考えるVTuberもいるでしょう。目指す方向性によって最適な戦略は異なり、やること(コンテンツの内容や配信スタイル)も変わってきます。
河崎翆さんのような、自身の内情や活動戦略を話すコンテンツは、リスナーが内面を好きになり、活動方針に同意して応援しようという気持ちになりやすいため、収益に繋がりやすい傾向にあります。もちろん、これらは0か100かの話ではなく、グラデーションがあります。ゲーム配信をメインとしつつも、一部で自身の内情をさらすコンテンツを制作するなど、バランスの取れたチャンネル運営ができれば、両方を狙うことも可能です。
リスナー側から見ても、VTuberの評価軸が同接数だけではないことを理解しておくことは重要です。「あいつは同接が少ない」と安易に評価するのではなく、VTuberが同接向上以外の戦略(例えば収益の最大化)を狙っている可能性も考慮に入れることで、よりスマートなリスナーになれるでしょう。
VTuber業界の課題と今後の展望
VTuber業界は急速な発展を遂げる一方で、いくつかの課題も抱えています。
飽和状態と競争激化
デジタル技術の発達により個人でも気軽にVTuber活動を始められるようになった結果、現在かなりの数のVTuberが活動しており、市場は飽和状態にあると言っても過言ではありません。かつては物珍しさから人気を獲得しやすかったVTuberも、今や多数の中から「選ばれること」「応援してもらうこと」の難易度が非常に高くなっています。これにより、活動を休止したり引退したりするVTuberが増えており、特に個人勢VTuberにおいては「生活的に活動の継続が困難となり引退する」ケースも少なくありません。
また、AIや音声合成技術の進化により、「AIVtuber」など自動化されたVTuberの登場が進んでいます。今後はAIを活用した効率化と、AI VTuberと人間VTuberの差別化、すなわち「人間性の価値」が重要なテーマとなるでしょう。
倫理・著作権問題とプライバシー保護
AI生成VTuberの登場は、倫理や著作権の問題を引き起こす可能性も秘めています。さらに、「中の人」のプライバシー保護も重要な課題です。VTuberの活動が一般化するにつれて、中の人のプライバシーが侵害されるリスクも高まるため、適切な保護策の確立が求められます。
安定した収益化と労働環境の改善
VTuberが活動を継続していく上で、安定した収益化は不可欠です。しかし、プラットフォームへの依存、特に投げ銭収入の変動性は、安定した収益源とは言えません。グッズ販売、タイアップ広告、IPライセンス、NFT販売、サブスクリプションなど、多様な収益モデルへの転換と、それらを活用した安定的な収益基盤の構築が重要になります。同時に、クリエイターの労働環境改善も喫緊の課題です。
グローバル化の壁
海外展開が進む中で、文化、言語、法規制の壁も存在します。日本発のVTuberカルチャーが世界に広がるためには、各国の文化や習慣に合わせたローカライズ、そして法的な問題への適切な対処が不可欠です。
新たな可能性と未来へのビジョン
多くの課題を抱えながらも、VTuber業界は今後も新しい価値と可能性を生み出し続ける分野であることは間違いありません。
「中の人」の才能が輝く時代
VTuber業界の発展は、「外見」よりも「中の人」の才能や個性が重視される時代を到来させるでしょう。これにより、より多様な人々が活躍できる業界となり、誰もが自分の個性やスキルを活かして表現できる場が広がります。
社会的インフラとしてのVTuber
VTuberはエンターテイメントの枠を超え、教育、医療、広報など、社会的分野への活用も進んでいくと予想されます。実際に内閣府がVTuberを起用したように、今後はさらに多くの機関や企業がVTuberの持つ可能性に注目し、様々な分野で活用を進めていくでしょう。バーチャル講師や営業担当など、エンタメ以外の応用例も増えていく可能性があります。
バーチャルアイデンティティの一般化と新たな表現形態
将来的には、バーチャルアイデンティティを持つことが一般化し、デジタル社会における新たな表現形態としてVTuberカルチャーが定着することが期待されます。「X(Twitter)をやる時にはもうほぼみんなアバター作ってやるよね」といった未来は、決して夢物語ではありません。
私たちを取り巻くデジタル環境は進化を続け、VRやメタバースとの融合も進むでしょう。視聴者参加型のバーチャル空間や、リアルイベントとの連携が増加することで、VTuberの活動はさらに多角化し、ゲーム、SNS、独自プラットフォームなど、様々な領域での活動が拡大していくはずです。
VTuberは、世界中に生きるすべての人が過ごしやすい世界を生み出すための一翼を担う存在となるでしょう。外見にとらわれず、ありのままの自分で生き生きと過ごせる時代が、バーチャルの側を持つ人々の増加とともに到来するかもしれません。
まとめ
2025年のVTuber業界は、動画を軸としたコンテンツ戦略が重要となり、バーチャルアバターの一般化や実写利用の増加といった新たなトレンドが見られます。市場規模は今後も拡大し、企業の上場や省庁での活用など、社会的な認知度も高まっています。一方で、市場の飽和や倫理的な課題も顕在化しており、これらの克服が今後の成長には不可欠です。
しかし、これらの課題を乗り越えることで、VTuberはエンターテイメントの枠を超え、社会的なインフラとして、また個人の才能が外見に左右されずに輝く新たな表現の場として、さらなる進化を遂げることでしょう。VTuber業界の未来は、多様な可能性に満ちています。
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