真理の部屋は薄暗かった。
カーテンを引きずり、外の光を遮るようにしている。
そこには、父親の貴之が残した遺品が散らばっていた。
真理はその一つ一つを無造作に見つめ、思い出と向き合うことを拒んでいた。
「もう、何もかも終わったんだ」
と真理は呟いた。
彼女の口元には、どこか冷たい笑みが浮かんでいる。
父親の死を迎えたとき、彼女の心には喜びがあった。
自分を苦しめていた父親が、ようやくこの世から消えたのだ。
彼はいつも真理を束縛していた。
だから、彼がいなくなったことは解放を意味していた。
しかし、その感情も長くは続かなかった。
ただの空虚感が彼女を包み込む。
そんなある日、真理は一冊の日記を見つけた。
それは貴之が書き溜めていたもので、彼の字は乱雑で、どこか焦っているように見えた。
真理は興味本位でページをめくり始める。
「今日も真理は配信をした。アンチコメントは相変わらず多いが、彼女は頑張っている。俺は、ただ彼女が無事であればそれでいい。」
その文を読んだ瞬間、真理の心が締め付けられるような感覚に襲われた。
父親は、彼女の配信を見守りながら、ずっと心配していたのだ。
彼は自分の病状を隠して、真理を守ろうとしていたのだ。
「お父さん、どうしてそんなに…」
真理は声を震わせた。
彼女は次のページをめくった。
そこには、アンチからのコメントが印刷されていた。
差別的な言葉や、攻撃的な内容が並んでいる。
それを見た瞬間、真理は自分の心に渦巻く感情を感じ取った。
怒り、悲しみ、そして罪悪感。
全てが混ざり合い、彼女の心を締め付けていく。
「お父さんは、私のためにこんなにも苦しんでいたのに…」
彼女の目から涙がこぼれ落ちる。
真理は自分を呪った。
昔の自分を、父親への冷たい態度を、無関心な振る舞いを。
「どうして気づかなかったの?」
彼女は心の中で叫んだ。
日記の中には、毎日のように書かれた父の考察が続いていた。
彼は、真理が受ける影響を最小限に抑え、彼女を守るために、どれほど努力していたのか。
彼女が配信者として成功することを願い、その影で闘っていたことを知ったとき、真理は痛みを感じた。
「父の日記に書いてあった…私を守るために、どれだけの苦労をしていたのかって…」
真理は呟いた。
涙が止まらない。
彼女は日記を抱きしめ、父親の存在を感じようとした。
しかし、その温もりはもうない。
「私は、あなたを愛せなかった。あなたのことを理解しようとも思わなかった…」
真理は声を震わせながら、父への謝罪を口に出した。
「ごめんなさい、こんなに遅くなってしまって…」
彼女はその場に崩れ落ち、床に膝をついた。
心の中にある後悔が、どれほど深いかを思い知らされた。
貴之は、真理が幸せであるために、自らを犠牲にしていた。
父の愛情を感じることができなかった自分が、どれほど愚かだったかを知る。
「父さん、私、もっとあなたを理解したかった。あなたのことをもっと知りたかった…」
真理は泣きながら、日記を抱きしめた。
彼女の心には、父親の存在が重くのしかかっている。
愛されていたこと、そして愛せなかったことの両方を背負わなければならない。
部屋の中は静まり返り、ただ真理の涙の音だけが響いていた。
彼女は、父親の愛情を感じ取ることができなかった過去を呪いながらも、それを受け入れようとしていた。
「これからは、あなたのために生きる。私の配信も、あなたのために続けるから…」
真理は心の中で誓った。
彼女は、父親を愛せなかったことを悔いながら、彼の残した日記を通じて彼の思いを受け入れようとしていた。
そして、真理は日記を閉じ、少しずつ立ち上がった。
彼女の心には、父の温もりが残っていた。
彼女はもう一度、配信を始める準備をする。
父の愛情を背負い、その思いを届けるために。
彼女は、父の存在を感じながら、新たな一歩を踏み出すのだった。
コメント