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君に見せたかった逆上がり

フリー台本

千奈津は、あの日の公園の風景を今でも鮮明に思い出す。

春の柔らかな日差しが降り注ぎ、周囲の木々が新緑に包まれている。

彼女の目の前には、かつての幼なじみ、孝一が立っていた。

背は高くなり、少し大人びた顔立ちになった彼だが、その目は子供のころと何一つ変わらない、純粋で真剣な輝きを持っていた。

彼は鉄棒の前に立ち、深呼吸をしてから、心の準備を整えるかのように一歩前へ進んだ。

「千奈津、見ててくれ。今度こそ逆上がりを決めるから。」

彼の言葉は、自信に満ちていたが、千奈津はその背中にどこか心配を感じた。子

供のころ、孝一はいつも鉄棒で逆上がりをするのに苦労していた。

何度も挑戦し、何度も失敗した。

彼の小さな体は、力不足で鉄棒の上に体を持ち上げることができなかった。

だから、千奈津は彼に

「いつかできるようになったら、結婚してあげる!」

と約束した。

そんな小学生の時にした約束が、何年も経った今も彼の中に生き続けていることは、彼女にとっては嬉しくもあり、少し不安でもあった。

孝一は、鉄棒に手をかけ、足を持ち上げる。彼の表情は真剣そのもので、まるで過去の自分と戦っているかのように見える。

千奈津はその姿を見つめながら、自分も小さかった頃の思い出に浸った。

彼と一緒に遊んだ日々、逆上がりの練習をした公園、そして彼があきらめずに挑戦し続けた姿は、彼女の心に深く刻まれている。

「いくよ!」

孝一の声が響く。

彼は鉄棒を強く握りしめ、全身の力を込めて逆上がりを試みる。

しかし、瞬間、彼の体は宙を舞うことなく、力尽きて地面に落ちてしまった。

思わず千奈津は息を呑む。

孝一は痛みをこらえながらもすぐに起き上がり、再び鉄棒に向かう。

彼の顔には悔しさが滲んでいたが、その瞳にはあきらめない意思が宿っている。

「大丈夫、孝一。無理しなくてもいいよ。」

千奈津は声をかけるが、彼は首を振った。

「いや、まだ終わってない。もう一回挑戦する。」

その姿勢に、千奈津は心を打たれた。

彼は大人になっても、あの頃のままの無垢な心を持ち続けている。

それが、彼女の心に響いて離れなかった。

何度も失敗しても、諦めずに挑戦する姿勢が、彼の魅力そのものだと感じた。

再び、孝一は鉄棒に向かっていく。

今度は少し体勢を整え、再挑戦する。

彼の緊張感が伝わってくる。

千奈津は彼を応援するように、心の中で声を張り上げた。

「できる、できる、孝一!」

その思いが彼に届くことを願いながら見守る。

彼は力強く跳び上がり、今度こそ逆上がりを決める。

瞬間、体が宙を舞い、鉄棒の上に乗り上げた。

彼の表情は驚きと喜びに満ち溢れ、千奈津の心臓も高鳴る。

やった、できた!

彼はそのまま鉄棒の上で体をひねり、見事に着地した。

「できた!千奈津、見たか!」

彼の声は歓喜に満ちていた。

千奈津は思わず拍手をし、彼に駆け寄る。

「すごい!よくやったよ、孝一!」

その瞬間、彼は千奈津の目をまっすぐに見つめ、緊張した面持ちで言った。

「千奈津、これで結婚してくれる?」

彼の言葉は、まるで子供の頃の約束を思い出させるような無邪気さがあった。

千奈津はその瞬間、彼の真剣な眼差しに心を打たれた。

子供の頃からの約束を本気にして、そして今、彼は本当にその言葉を口にしたのだ。

千奈津は、少し戸惑った。

もちろん、彼のことが大好きだった。

だが、結婚という言葉には責任が伴う。

彼女は答えを出せずにいたが、彼の真剣さが心に響く。

彼は逆上がりができたことで、彼女に心からの告白をする勇気を持ったのだ。

「えっと…孝一、私は…」

その時、彼の表情はどこか不安げに揺らいだ。

千奈津はその瞬間に、自分の心が彼に向いていることに気づいた。

彼の無垢さ、挑戦する姿勢、そして彼を支えたいという気持ちが、彼女の心を動かしていた。

「私、いいよ。結婚しよう。」

彼女の言葉は、彼の顔に一瞬の驚きと、すぐに満面の笑みを浮かべさせた。

彼の無邪気さが、千奈津の心を温かく包む。

彼はそのまま、千奈津を抱きしめた。

「本当に?やった!ありがとう、千奈津!」

その瞬間、千奈津は自分の選択を心から喜んだ。

彼の逆上がりだけではなく、彼のあきらめない姿勢が、彼女の心を掴んだのだ。

彼らは、変わらぬ公園の風景に包まれながら、新たな未来に向かって一歩を踏み出すのであった。

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