ロゴユメ

落とし物

海 掌編小説

「やっと言えた。」

私は心から喜んでいた。

あまりにも嬉しくて達成感があって私はジャンプして左手でガッツポーズをとった。

ただ話しかけることができた。

一般的に見れば何の変哲もない普通のことなのだが、人との交流のない私にとっては大きなことだった。

20分前…。

街中を歩くことは何ら抵抗がないから引きこもりではないのだが、人とのコミュニケーションが苦手だ。

幼い頃からうまく人の輪に入れずどうやって声をかけていいものやらと思っていた。

だから自分の言葉運びに少々不安を抱えていた。

果たして自分の言葉が相手に通じるのかどうかとういう点だ。

私の言葉はだいたい一発で通じず聞き返される。

私のおどおどとしたものいいがきっと良くないんだ。

何とかしなきゃいけない。

改善しなければいけないと思うところはあるが、なかなかこれといってチャンスが舞い降りてくるわけでもなかった。

やっぱり自分からクラスメイトでも良いから話しかけなきゃいけないのかな。

そう思って通学用の電車に乗車しようとした時だ。

私の前方を歩く人の尻ポケットから財布が落ち地面へ身を任せた。

「あ、あのぉ…。」

蚊のないたようなか細い私の声は、雑音の多い地下鉄のフロアでは響かなかった。

私の声に気づかず自分より歳上のサラリーマンのような服装の人はスタスタと歩いて電車に乗車してしまった。

私は急いで財布を拾い上げると、同じ電車へと乗車し、彼の乗ったユニットまで移動した。

左右を見渡す。

いない。

でも確かにこの場所から乗ったはずだ。

人混みをかき分けながら前方へ向かい左右を見渡す。

いた。

椅子に座りスマホを弄っていた。

私だったら定期を買っているから乗車券は必要としない。

つまり財布にしまって管理をしないから、その場合だと財布を落としたという事実に気づきにくい。

財布を落とした彼は目の前にいる。

でも私は初対面のおじさんに話しかける言葉が頭に浮かんでこなかった。

結局車内で渡すことができなかった。

偶然にも降りる駅が同じだったため私は安堵する。

きっとこれが最後のチャンスだ。

改札口を出られたら私と彼は別行動、別々の行き先へ向かうことになる。

手に汗を握る。

鼓動が大きくなる。

私は少々洗い息をしながら彼の元へ駆け出した。

「あのー。」

今度はさっきよりも彼に届くくらいの大きな声を張り上げて呼んだ。

目前の彼は踵を返し私の姿を捉えると何だねと言葉を返した。

「財布落としましたよ。」

彼は自分の尻ポケットに触れると私の持つ財布が自分のものであることを認識する。

そして彼は安心したように。

「きみが拾ってくれて助かったよ。」

と言った。

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