(雨がしとしとと降る音。静かな公園の東屋の下、二人は並んで座っている。)
拓也「……結構降ってきたな。」
裕美「そうだね。でも、こうやって雨音を聞いてると、心が落ち着く気がする。」
拓也「昔から雨、好きだったよな。俺は正直、あんまり好きじゃなかったけど。」
裕美「知ってるよ。『靴が濡れるし、じめじめするし、最悪』って、よく文句言ってたもんね。」(くすっと笑う)
拓也「そんなこと言ってたか?」(照れくさそうに)
裕美「言ってたよ。でも、私に付き合ってよく雨の日に散歩してくれた。」
拓也「まあな。お前が楽しそうだったから……。」(少し寂しげに笑う)
(しばらく雨音だけが響く。)
裕美「ねぇ、拓也。」
拓也「ん?」
裕美「覚えてる? 高校の帰り道、大雨に降られたこと。」
拓也「……ああ。傘がなくて、二人で走って帰ったやつだろ?」
裕美「そう、それ。それで、途中で拓也が急に立ち止まって、『どうせ濡れるなら、ゆっくり帰ろう』って言ったんだよ。」
拓也「……そんなこともあったな。」(遠くを見つめるように)
裕美「あの時、私はすごく楽しかったんだよ。雨の中、二人で笑い合って。ずっと続けばいいのにって思った。」
(拓也は少し俯き、拳を握る。)
拓也「……裕美。」
裕美「うん?」
拓也「……俺さ、お前がいない日々に、まだ慣れないんだ。」
(裕美は静かに微笑む。雨音が少し強くなる。)
裕美「……ごめんね、拓也。」
拓也「謝るなよ……。お前は、何も悪くないだろ。」
(雨の音が二人の間を埋めるように響く。)
裕美「拓也、私はね……雨音が好きなの。だって、あなたのそばにいられる気がするから。」
(拓也は目を閉じ、そっと手を伸ばす。しかし、その先には何もない。ただ、雨が降り続いているだけ。)
拓也「……裕美。」
(雨音だけが、返事のように降り注ぐ。)
拓也「……そうか。じゃあ、俺も雨音を好きにならなきゃな。」
(拓也は静かに微笑み、ゆっくりと空を見上げる。冷たい雨が、頬を伝う。)
(雨音が、静かに響き続ける——。)
(雨はまだ降り続いている。拓也は空を見上げたまま、静かに息を吐く。)
拓也「……裕美、俺さ、お前がいなくなってから、ずっと考えてた。」
(静寂が訪れる。雨音だけが耳に響く。)
拓也「なんで、もっと早く気づけなかったんだろうって。なんで、もっと素直にお前に気持ちを伝えなかったんだろうって。」
(微かに風が吹き、濡れた空気が頬を撫でる。)
裕美「……知ってたよ。」
拓也「え?」
裕美「拓也が私のことを大切に思ってくれてるの、ずっと知ってたよ。」
(拓也は驚いたように、隣の空間を見る。でも、そこには誰もいない。ただ雨音だけが返事をしてくれる。)
拓也「……そっか。」(苦笑する)
裕美「拓也は、不器用なくらい優しい人だからね。言葉にしなくても、ちゃんと伝わってた。」
(拓也はふっと笑う。そして、ポケットから小さな鍵を取り出す。それは、裕美の部屋の合鍵だった。)
拓也「返さなきゃな、って思ってたけど……ずっと持ったままだ。」
裕美「……いいよ。持っていて。」
拓也「え?」
裕美「だって、私はここにいるもん。」
(雨が優しく降る。まるで、包み込むように。)
拓也「……裕美。」
(拓也はそっと鍵を握りしめる。そして、空を仰ぎながら目を閉じる。)
拓也「なあ、裕美。お前が好きだったこの雨音……俺も好きになれるかな。」
(ふわりと、どこかから微笑むような気配がする。)
裕美「なれるよ。だって、拓也は——優しい人だから。」
(その瞬間、雲の切れ間から一筋の光が差し込む。雨の音が、少しずつ遠のいていく。)
(拓也はそっと目を開ける。雨はまだ降っているのに、なぜか心は少しだけ温かかった。)
拓也「……またな、裕美。」
(彼は立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。雨音が、彼の背中をそっと押すように響いていた。)
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