まゆりは、静かな図書館の一角で本を整理していた。
薄暗い照明の中、彼女の周りには古びた本の背表紙が並び、ほんのりとした紙の匂いが漂う。
彼女は真面目で努力家な大学生で、これまでコツコツと勉強を重ねてきた。
控えめな性格だが、内には強い芯を秘めている。
「まゆり、手伝ってくれない?」
それは、彼女の目の前に突然現れた高志の声だった。
彼はスポーツ万能で、快活な性格を持つ同級生。
彼が図書館に来るなんて、まゆりには思いもよらなかった。
「高志くん、どうしたの?」
彼女は驚きながらも、少し警戒した。
高志はサッカー一筋で、勉強が苦手なことで知られていた。
「実は、サッカーの推薦試験があって、これを突破しないとプロになれないんだ。だから、ちょっとだけ勉強を教えてほしい。」
高志の目は真剣そのものだった。
まゆりは思わず心が動いた。
彼女は普段、静かな日常を好んでいるが、高志の熱意には抗えなかった。
「わかった。少しだけなら手伝うよ。」
それからふたりは、図書館の一角で勉強を始めた。
高志は初めこそ戸惑っていたが、まゆりの丁寧な解説に次第に理解を深めていった。
まゆりもまた、高志の不器用さに触れることで、彼の内面に興味を持ち始めた。
「まゆり、なんでそんなに勉強できるの?」
高志がふと尋ねた。
「私は、将来のことを考えると不安になるから。だから、勉強して少しでも自信を持ちたいと思ってる。」
まゆりは、自分の心情を素直に語った。彼女の声には、少しの震えがあった。
高志は黙って彼女の言葉を聞いていた。
彼は、自分には夢があり、それに向かって全力で突き進むことができるが、まゆりのように自分の将来に疑問を持つ人の気持ちを理解するのは難しかった。
「俺も、夢を持ってるんだ。だから、まゆりも自分の夢を探してみてほしい。」
高志は励ましの言葉をかける。
日々の勉強が続く中で、まゆりは高志の情熱に触れ、彼に惹かれていった。
高志もまた、まゆりの控えめさの裏にある強さに感銘を受けていた。
ふたりの距離は、少しずつ縮まっていった。
しかし、試験日が近づくにつれ、高志の不安も高まっていた。
彼はプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、まゆりの存在が支えとなっていた。
まゆりは、そんな彼を見守りながら、自分自身の将来についても考えるようになっていた。
試験の日、ふたりは緊張した面持ちで別れた。
高志は合格の知らせを待ちながら、毎日練習に励んだ。
まゆりもまた、彼のために祈るように自分の勉強を続けた。
そして、晴れ渡る空のもと、高志は合格の知らせを受け取った。
彼はプロサッカーチームに推薦されることになった。
しかし、その反面、まゆりとの別れを考えると心が締め付けられた。
別れの前夜、ふたりは静かな図書館の一角にいた。
高志はまゆりを見つめ、決意を込めた声で言った。
「俺が夢を掴んだら、絶対また君のもとに戻ってくる。だから、君も自分の夢を探してくれ。」
まゆりは涙をこらえながら、
「私も頑張る。戻ってきたとき、胸を張って迎えられる自分になるから。」
と約束を交わした。
その日、彼らの心に新たな決意が宿った。
高志はプロサッカー選手としての道を歩み、まゆりは自分の未来に向かって努力を続けることを誓った。
数年後、高志がプロサッカー選手として帰郷したとき、まゆりは図書館でアルバイトをしていた。
彼女は以前と変わらない静かな日常の中にいたが、その心には夢を追いかける強さが宿っていた。
「まゆり!」
高志の声が図書館に響く。
彼女はその声に振り向くと、懐かしい笑顔が目の前にあった。
彼女の心は高鳴り、過去と現在が交錯する瞬間を感じた。
「おかえり、高志くん。」
彼女の声は少し震えていたが、その目には確かな決意が宿っていた。
ふたりの物語は、再び動き出す。
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