ある午後、悠斗は校庭の片隅で一人、サッカーのボールを蹴っていた。
青空が広がり、爽やかな風が吹き抜ける中、彼の心はどこかモヤモヤしていた。
周りの友達は楽しそうに笑い合っているが、彼はその楽しさに乗れずにいた。
それもこれも、彼の視線の先にいるまつりのせいだった。
まつりは、校舎の陰で本を読んでいた。
彼女の目は本の中に入り込んでいて、周囲の喧騒にはまるで無関心のようだった。
その姿は、悠斗にとって魅力的でありながらも、同時に手の届かない存在だった。
彼は今まで、誰からも好かれる存在だったが、彼女だけは別だった。
何度アプローチをしても、彼女の冷たい反応は変わらず、まるで氷の塊のようだった。
「悠斗、何してるの?」
と、友人の翔が声をかけてきた。
「サッカーだよ。ちょっと気分転換に。」
「それよりまつりにアプローチする方がいいんじゃね?お前がそんなに惚れてるなら、行動しなきゃ!」
悠斗はその言葉に一瞬胸が高鳴ったが、同時に不安もよぎった。
「でも、どうやったら彼女の心を動かせるんだろう。」
悠斗は心の中で葛藤していた。
その日の放課後、悠斗は決意を固めた。
「まつりに振り向いてもらう!」
と。
彼はまず、彼女の趣味を調べることにした。
図書室で彼女がよく読んでいる本を見つけ、それを借りてみた。
次の日、学校で偶然彼女と会ったとき、悠斗はその本を持っていくことにした。
「まつり、これ、君が好きそうだと思って。」
悠斗は照れくさそうに本を差し出した。
まつりはちらりと彼を見たが、目は本に戻った。
「ああ、ありがとう。でも、別に興味ないから。」
その瞬間、悠斗の心は折れそうになったが、彼は笑顔を崩さなかった。
「そうなんだ。じゃあ、何を読んでるの?」
「今はこれ。」
まつりは少しだけ本を見せた。
「哲学書。興味ないと思うけど。」
悠斗はその答えに驚いた。
「全然興味あるよ!哲学って面白いよね。」
まつりは少し驚いたような顔をしたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「そう思うなら、どうしても話したいことがあったら、他の人に聞いてみたら?」
その言葉に悠斗は愕然とした。彼女はまるで、彼の存在を否定するかのように冷たかった。
「どうしてそんなに人を避けるの?」
悠斗は思わず声を荒げてしまった。
まつりは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに冷静になった。
「別に避けているわけじゃない。ただ、私には関わらない方がいいと思う。」
悠斗はその言葉に胸が痛んだ。
彼女の過去には何か深い傷があるのだろうと、彼は感じた。
彼女が人付き合いを避けている理由を知りたかったが、無理に聞くことはできなかった。
「俺は…君を理解したいだけなんだ。だから、もう少し話してくれない?」
悠斗は真剣な目で彼女を見つめた。
まつりは一瞬、彼の目を見返したが、すぐに目をそらした。
「理解するなんて無理よ。人はそれぞれの過去を抱えているから。」
その言葉は悠斗の心に深く刺さった。
彼女は自分の過去の傷を抱えながら生きているのだ。
悠斗は彼女を振り向かせたいという気持ちから、彼女を支えたいという感情に変わっていった。
「俺は無理に君を変えようとは思わない。ただ、君のペースで少しずつ話してくれればいい。俺はずっと待ってるから。」
その言葉がまつりの心に響いたのか、彼女は少しずつ心を開くようになった。
時には彼女の好きな本について話し合ったり、学校の授業での出来事を共有したりするようになった。
しかし、彼女の過去の影はまだ二人の間に残っていた。
ある日、まつりは突然学校を休むことになった。
「ごめん、ちょっと体調が悪くて…」
彼女は弱々しい声で言った。
悠斗は心配になり、彼女の家に向かった。
ドアをノックすると、まつりの母親が出てきた。
「まつりは今、寝ています。大丈夫ですか?」
悠斗は心配そうに彼女を見つめた。
「はい、でも彼女に会いたいです。」
しばらくして、まつりはゆっくりと顔を出した。
「悠斗…どうしてここに?」
「心配だったから。大丈夫?」
まつりは少し驚いた顔をした。
「そういうこと、あまりないから…。」
悠斗はその言葉が嬉しかった。
「だから、今は少しでも話したいな。」
彼女はため息をついた。
「私には、もう一度誰かを信じるのが怖いの。」
その言葉を聞いて、悠斗は彼女の心の内を理解した。
彼女の過去の傷が、彼女の心を閉ざしているのだ。
悠斗は優しく彼女の手を握った。
「俺は、君のことを大事に思ってる。だから、少しずつでもいい。心を開いてくれれば嬉しい。」
まつりはその言葉に涙を浮かべた。
「でも、私は…。」
「大丈夫、無理に信じようとしなくても。君が俺をどう思っているか、俺は待つから。」
悠斗の言葉は、まつりの心に温かさをもたらした。
それから少しずつ、まつりは悠斗に心を開いていった。
彼女は自分の過去を少しずつ語り、悠斗はその話を真剣に受け止めた。
二人の関係は少しずつ深まり、やがて彼女は悠斗に心を許すことを決めた。
「悠斗、私…あなたを信じてみようと思う。」
まつりは静かな声で言った。
悠斗は嬉しさで胸がいっぱいになった。
「本当に?ありがとう、まつり。これからも一緒にいよう。」
まつりは微笑んだ。
「うん、少しずつね。」
二人はゆっくりと、しかし確実にお互いのことを理解し合いながら恋愛関係を築いていくのだった。
彼女の過去の傷は完全には癒えないかもしれないが、悠斗の存在が彼女にとっての支えとなることを、二人は信じていた。
未来は明るい。
コメント