有香は、青い空の下、古びた公園のベンチに座っていた。
周りには色とりどりの花が咲き乱れ、まるで子どもたちの笑い声がその花々に宿っているかのようだった。
彼女の心はその一瞬、まさに春の訪れを告げるように明るかった。
しかし、同時に心の奥底にひっかかる不安があった。
果たして、浩司は来るのだろうか?
「もうすぐ来るよね?」
有香は自分に言い聞かせるように呟いた。
彼女は何度も携帯電話をチェックしたが、浩司からのメッセージは届いていなかった。
その時、ふとした拍子に彼女の視界に、遊具のブランコが目に入った。
風に揺れるブランコは、まるで浩司がその場にいたように思えた。彼はいつも、あのブランコに乗りながら笑顔で有香に話しかけてきた。二人の思い出が、そのブランコの周りに浮かんでいた。
「浩司、どうして来ないの?」
有香は心の中で叫んだ。
彼女の心は、まるで風船のように膨らんでいく。
期待と不安が混ざり合い、彼女の胸を締め付ける。
その時、遠くから足音が聞こえてきた。
彼女は思わず顔を上げる。
そこには、やがて見慣れた姿が近づいてくるのが見えた。
浩司だ。
彼は少し息を切らして、でもその顔には明るい笑顔を浮かべていた。
「ごめん、遅れちゃった!」
浩司がそう言うと、有香はほっとしたように息を吐いた。
「大丈夫だよ。待ってたから。」
有香は微笑んだ。
浩司はベンチに並んで座り、彼女の顔をじっと見つめた。
「今日は有香に大事な話があって来たんだ。」
その言葉に、有香の心臓はドキリと音を立てた。
彼女はその瞬間、何かが変わる予感を感じた。
「何の話?」
有香は少し緊張して尋ねた。
浩司は少し考え込むように目を伏せ、そしてまた彼女を見つめた。
「実は、僕、来月引っ越すことになったんだ。」
その言葉は、有香にとってまるで冷たい水を浴びせられたようだった。
彼女の心は一瞬で暗くなり、まるで春の花が雨に打たれてしおれてしまうような感覚がした。
「引っ越すって…どうして?」
有香は声を震わせながら聞いた。
「父の仕事の都合で。新しい土地で新しい生活を始めるんだ。」
浩司は言ったが、彼の目には少しのためらいが見えた。
「そんなの、急すぎるよ…」
有香は涙がこぼれそうになった。
彼女の心の中で、二人の思い出が次々と蘇ってきた。
あのブランコでの笑い声、手をつないで歩いた帰り道、そして一緒に見た夕焼け。
すべてが一瞬で色褪せてしまうような気がした。
「でも、僕は有香のことを忘れないよ。」
浩司は少しだけ微笑んだ。
その笑顔が、有香の心をさらに締め付けた。
彼は本当にそう思っているのだろうか?
彼の言葉は優しいが、それだけでは足りない。
「引っ越したら、もう会えなくなるの?」
有香は涙をこらえようとしたが、その言葉は胸の奥からこみ上げてきた。
「そうだね…でも、僕はどんなに遠くに行っても、有香のことを思ってる。」
浩司は真剣な目で有香を見つめた。
そして、彼の手が彼女の手を優しく包み込む。
その瞬間、有香の心は少しだけ温かくなった。
彼女は浩司の手の温もりを感じながら、自分の心の中で何かが変わったことに気づいた。
彼がどれだけ遠くにいても、思い出は消えない。
そして、彼との思い出は、彼女自身の一部になっているのだ。
「ありがとう、浩司。私も、ずっと忘れないよ。」
有香は小さく微笑んだ。
二人の間に静かな時間が流れた。
周りの花々は風に揺れ、まるで二人の心を祝福するかのように咲き誇っていた。
この瞬間が永遠に続けばいいのにと有香は思った。
だが、すぐに現実が彼女を引き戻す。
浩司は、やがて新しい生活を始めるのだ。
彼女は彼を手放さねばならない。
しかし、今はその瞬間を大切にしよう。
彼の手を握り返し、有香は心の中で決めた。
「また、会おうね。どんな形でも、私たちの思い出は消えないから。」
浩司は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく頷いた。
「うん、必ず。また会えるよ。」
その言葉が有香の心を温かく包む。
彼女は、離れても心は繋がっていると信じることにした。
春の風が二人の間を優しく吹き抜け、花々が揺れる中、彼女は浩司との思い出を胸に刻み込むことを誓った。
そして、彼女はその日、浩司との一瞬一瞬を心の中で大切に育てることを決めた。
たとえ距離があっても、思い出は永遠に色褪せることはないのだから。
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