ピアノの発表会が近い。
発表の日にちが近づけば近づくほどに緊張が高まり、身体に力が入る。
うまく弾けない。
指がこわばる。
こんなんじゃだめだ。
しっかりしないと。
今回の発表会が初めてではない。
何度となく発表会は切り抜けてきたのだが、前回の発表がトラウマとなっていてそれが私の足を引っ張る。
「沙耶、もう少し肩の力を抜きなさい。」
演奏を聴いていて心配になった講師が私に語り掛ける。
わかっているさ。
肩に力が入ると自然と音の柔らかさが消失する。
強いだけの乱雑な音へと変貌してしまうから、力は抜かなきゃいけない。
でも私の意志に反して体は力むのだ。
「あと二日。一週間前までは調子よく弾いていたのに、プレッシャーに負けちゃったのかしら。とにかくこの状態じゃ絶対に優秀賞も取れないわ。」
最優秀賞ならともかく、優秀賞もとれないんだなんて私にとってはダメージが大きい。
血のにじむような練習をしてきたのに実力が及ばなかったとなっては、両親にどんな顔をして会えばいいのかわからない。
私は手に汗を握りながら、演奏を続けた。
本日の練習が終わり帰宅して自室に入るとベッドに倒れこんで深いため息をついた。
あと一日で本番。
このままいけば結果は実らない。
心配を煽る言葉が続々と脳内で反芻してお腹が痛かった。
夜間。
今日も練習がうまくいなかったと帰り道私は一人泣きじゃくりながら歩いていた。
「かわいそうに、あれだけ高い実力があるのに。」
暗闇の中、大人の男が私の後方に立っていた。
「おじさん誰?」
「私は君を助けてあげられる唯一の人さ。おじさんは君の伴奏が好きだから。ファンだからねぇ。」
「本当?」
「本当さ。」
自分の演奏を褒められることはピアノ教室以外ではめったにないことなのでとても心が躍った。
「君の弱点はきっと前回の演奏会で大失敗してしまったことだと思うけれど間違ってはいないかい?」
私はこくりと頷いた。
この人は他人なのに私のことをよく知っている。
本当に私のファンなのかもしれない。
「その君のトラウマなんかチャラにできるように、緊張をほぐせるあるものをあげよう。」
男はリュックサックの中から赤いものを取り出した。
それはパック詰めされていて・・・。
「苺だ!」
「そう苺。これは脱力ストロベリーと言ってね。きみの身体にかかった過剰な力を紐解いてくれるものさ。」
「おじさんありがとう。」
「発表会も楽しみにしているよ。」
そういって男は暗闇の中に消えていった。
後日、起きてすぐにあの苺にかぶりついた。
甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がる。
そしてその日私の演奏は過去最高にうまくいった。
そして私は優秀賞を獲得した。
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