今の主様の膝の上で寝る。
これが一番の私服だ。
ごろごろと声を出していると、主様は僕の身体をやさしく撫でてくれる。
とてもうれしい。
こんな日がずっと続けばいいななんて思っていた。
だけれど、ある日主様は家に帰ってこなかった。
暗い寝室のなかで、暖房だけが光を放っている。
日が暮れても主様は帰ってこなかった。
そして次の日になって知らない人がうちに入ってきた。
どうやら主様の親族らしい。
妹らしいけれど、僕の姿を見るなり、安心した様子でこちらに向かってきて
「よかった、ちゃんと生きてる」
と言って、僕の身体を持ち上げて、ゆっくりと抱き上げて、背中をさする。
柔らかく温かい手は、主様に少し似ていて、やっぱり親族なんだと痛感させられた。
だからこそ、少し気を許せる気がしていた。
さっきまであった緊張感もほぐれて、僕は彼女に身をゆだねていた。
そういえば主様はどこへ行ったのだろうか?
主様の机に飛び乗り、にゃーと泣いて見せる。
その様子を見かねた妹の目からは涙がこぼれでいてた。
「にゃーちゃんに伝えないといけないことがあるの。あなたの主様のみこと姉さんはね、亡くなったの。もう帰ってくることはない」
人間の言葉はあまり詳しくはなかったが、なんとなく理解はできた。
主様はもう戻ってこないのだと悟ったとき、何とも言えない虚しさに襲われた。
そのあと主様の妹に引き取られた僕は、特に不自由のない生活をしていたのだけれど、どこか心にぽっかりと穴が開いていた。
二人であの空間で一緒に分かち合った時間、一緒に食事して寝るまでの間の時間。
何気ない日常がとてもかけがえのないものになっていく。
この思い出だけは、この記憶だけは僕のものなんだ。
誰にも渡せない、僕だけのモノなんだ。
ある日僕は夢を見た。
主様とねこじゃらしで遊ぶ夢。
主様がねこじゃらしをぶんぶんと僕の目の前で振って、僕の気をひきつけていく。
僕は無我夢中で猫じゃらしに食いついていく。
その時間がたまらなく楽しくて、つい夢中になってしまって、目が覚めて夢だと痛感したときには、また虚無感に襲われるのだった。
さみしい。 満たされぬ思いを背負いながら、今日も取り残されたものとして、僕はまっすぐに生きていくしかないんだと考えながら、一日を過ごしていく。
日向ぼっこしながらまどろんでいると、主様の声がたびたび聞こえるような気がして、耳をぴくぴくさせている。
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