「あなたの音楽はまるで消毒液だ」
海外から届いたコメントに僕は驚きの声を上げた。
この比喩はいったい何を表しているのだろうと、バンド仲間と議論していると、
「きっと俺たちの音楽が、心を洗う題材になったんだよ」
という意見に収束した。
なるほど、確かにそれは一理あるかもしれない。
僕がボーカルを担当し、ほかのバンド仲間が、ベースやメロディを奏でる。
メロディーとボーカルが絶妙にマッチングするようにこだわりを重ねて、作曲したこの一作は、実は日本のJPOP曲の中で、ランキング場外の曲だった。
新着に一度表示されて、SNSのタイムラインのように流されていく。
時の曲といえば聞こえはいいかもしれないが、それだけ認知されていない曲なのだ。
にもかかわらず、海外からのコメントには新鮮味を感じた。
いったいどこから僕たち日本人の曲を掘り当てたのだろうか。
海外の人のコメントから推測するに、この世に眠る秘宝を掘り当てたかのような感覚に浸っている。
そんな感じに見える。
急いで英語で返信を返すと、1時間後くらいに返信が返ってきた。
「ジャパニーズの音楽は本当に表現の幅が広い。言葉はあまりわからないけれど、歌い方で、喜怒哀楽を連想できる。頭に情景が浮かぶんだ。まるで映画を見ているようにね」
こんなうれしいことはあるだろうか。
まだまだ無名で、音楽で食いつなぐことは厳しいけれど、この時の彼の残したコメントが、僕たちの大きな原動力となったことは間違えない。
国境を越えて、人の心を揺さぶる。
音楽で心をクリーニングしたり、はたまた共感を呼んだり。
様々な現象を巻き起こすことのできる最強のツールなのだ。
AIが発達した今でも、僕たちは手書きで詩を生み出す。
人の心を映す鏡のように。
そう、詩は僕らの鏡なのだ。
僕らの経験、想いが沢山の人に届いて、人から人へ、人が人をつなぐ、言語の壁を越えて人をつなぐ。
強い力を持つのはAIが作った曲ではなくて、やはり人が描いた、生み出した曲なんだと。
AIのありきたりな文章ではなくて、僕たちは、心から芸術を楽しんでくれる人たちのために、心を込めたおもてなしを曲に込めていく。
それがきっと今まで日本人が大切にしてきた、芸術への向き合い方なのだろうと思うから。
そして何より、認めてくれた海外ファンをがっかりさせないように、しっかりと僕たちがこの曲を手掛けていると自信を持って言えるように、今日もまた、新しい曲を考える。
僕たちの曲で喜んでくれる、救われる人へ届くことを信じて、今日も歌詞を書く。
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